1. 町家キルト
京都の伏見街道沿いの町家に生まれ育った私は、幼い頃から手芸が大好きで、将来は手芸家になりたいと夢みていました。
人見知りが激しく、家にいることの多かった私は、格子戸の隙間から見える外の世界に想像をめぐらしながら、ひとり静かに縫物をする子供でした。
家や母への想いが強かった私は、自分の手芸の技で、古い家の大切さや住んでいる人の想いを表現しようと、古い建物を緻密な手縫いで表現する「町家キルト」の創作を独学で始めました。
そして、「町家キルト」は、私を格子戸の中から外の広い世界に連れ出してくれました。
2. 制作
人が見たら気の遠くなるような、緻密な手縫いが楽しくてたまらない。誰とも会うことなく、相当な時間と手間のかかる作業も、まったく苦にならない。
作品が完成すると、その長期間に渡った作業の記憶が遠くなっていて、「これはほんとに自分が縫い上げたのだろうか?」と不思議な気持ちになります。建物や風景を見て「縫いたいな」と思った時、その見た物がデフォルメされ、製図となって頭に浮かびます。持っている布をイメージし、製図を描き終えた段階で頭の中に完成形が浮かびます。
そして頭に浮かべた風景が、様々な古布で縫い合わされ、徐々に形となり完成された時の達成感と安堵感は例えようがありません。
3. 布
古い着物地を材料としていますが、作品を縫う前には不思議と必要な布が集まって来ます。
知人から沢山いただいたり、骨董市や町の古着屋さんでひょっこり素敵な布を見つけたりするので、布が無くて困ったということはありません。まるで「さぁ、これで縫いなさい」と、目に見えない誰かから与えてもらっているようです。
布ありきなので、デザインに着色することなく、集めた布の色を合わせながら縫っていきます。
瓦にはツルツル光った絹、柱や板壁などの木材は木綿や麻、石垣にはザラザラとした縮緬、針葉樹には硬い布、広葉樹には柔らかな布、などという具合に質感を合わせていくので、ひとつの作品の中に様々なテクスチャーの布を使用します。そこが私の作品の特徴でもあります。
4. 布との対話
古い着物には、その持ち主の人生が詰まっています。沢山の古布を縫い合わせながら、それぞれの着物の持ち主はどんな人生だったのだろうか、幸せだったのかな、この着物はどんな時に着ていたのだろうか、と想いを馳せながら、布と対話するように縫っています。
私の作品には、私が出逢ったことのない多くのひとの人生が縫い込まれているのです。
5. 道具について
「佐世子は、針を持って生まれて来たような子供やったなぁ。」
亡母は、私が縫物をしている横でよくそう言っていました。
物心つく頃から、誰に習うでもなく器用に針を持つ私を見て、そのように感じていたのでしょう。縫うことは私の生活の一部で、いつもそばに裁縫箱がありましたが、母が亡くなった後、裁縫道具を見るのも辛くなった時期がありました。
しばらく制作を休み、ようやく針を持ち始めた頃に木彫作家さんと出会いました。縫いへの想いを再び奮い起こすために、オリジナルの針山ケースの制作をお願いしました。でき上がった手彫りのケースに、母の遺品の中から見つけた、母が縫った刺し子のはぎれで針山を作って入れました。優しい木に包まれた刺し子の針山で作業をしていると、まるで母がそばで見守ってくれているように感じ、制作に意欲が出て、また昔のように縫う事が楽しいと思えるようになりました。
針山やハサミ、色とりどりの糸や布は、幼い頃からどんな時も私のそばに寄り添い、寂しさや悲しさを癒してくれて、私に縫う力を与えてくれました。そして、でき上がった作品達は私に自信と未来を与えてくれるのです。